リナレスの村の入り口にある水飲み場で小休憩した後、また歩き始めました。一応、今日の予定地である、ラ・ラグナ村はとっくに過ぎていますので、次のオスピタル・デ・ラ・コンデサ村まで行こうかな。と思っていました。
村を出てしばらく行くと、小さな礼拝所に着きました。礼拝所の中は無人でしたが、テーブルが置いてあり、勝手にスタンプが押せるようになっていました。
丁度そこに、自転車に乗った二人組がやってきて、彼らと少し英語で話をしました。相手がバルセロナから来たカタルーニャ人だと判ると、話す言葉がスペイン語に変わりました。
どこまで行くのか聞いてきたので、次のオスピタル・デ・ラ・コンデサ村まで行こうと思っている。というようなことを言った所、それはもったいない。まだまだ行けると言ってきました。
アルト・デ・ポイオ村には、お勧めのアルベルゲがあるので、そこまで行くのはどうか?と勧めてきました。食事も美味しくて、余り混んでいないので、お勧めらしいです。道を挟んでアルベルゲが2つあるので、進行方向左側の方だ。と言われました。今日の宿泊予定地は決まりました。アルト・デ・ポイオ村まで歩くことにしました。
Alto de San Roqueの峠で写真を撮ったり、のんびり歩いているうちに、オスピタル・デ・ラ・コンデサ村に到着しました。バルで息子は最中みたいなアイスを、私はビールを飲んで休憩しました。
つまみに出てきた、生ハムがとても美味しそうでした(息子が欲しいと言うので、あげました。)ので、ここに泊まろうかなぁと思ったのですが、頑張ってもう一つ先の村、アルト・デ・ポイオ村まで行くことにしました。
二時過ぎにアルト・デ・ポイオ村のアルベルゲに到着しました。
丁度入り口の所に下水が流れていて、網状のフタがしてあるのですが、息子がストック先端のゴムカバーを引っかけて落としました。まぁ、仕方が無いです。私もサングラス無くしましたし。
着いて早々、まずは併設されているレストランで食事を取ることにしました。
お客さんは、地元の人が1組、巡礼者が私達の他に1組居るだけでした。
巡礼者用のメニューはカルド・ガリエゴ(ガリシア地方のスープ)と豚の骨付きロース一品だけと言うことなので、それを注文しました。
1皿目のスープは、私が知っているカルド・ガリエゴではありませんでした。
2皿目、きちんと料理はしているのですが、雑な仕上げです。
余り満足せずに、食事を終えました。
アルベルゲは個室と大部屋があるらしく、私達は迷わず大部屋を選びました。大部屋の宿泊代金は一人あたり9ユーロで、公営のアルベルゲが6ユーロと言うことを考えると、とても強気な値段設定です。
部屋に入った所、宿泊客は(今のところ)私達だけのようでした。
シャワーのすぐ近くにトイレがあるので、便器を思い切り濡らして、シャワーを浴びました。写真を見て頂ければ判ると思いますが、便器を濡らさずにシャワーを浴びるのは無理です。不可能です。
シャワーを浴びた後、洗濯をして(特に洗濯場がある訳では無いので、洗面台で洗濯をしました。)外に干した後、ソファーが置いてあるサロンに行きました。息子がソファーに寝そべり、携帯で遊んでいたのですが、近くに大きな人形が置いてあったので、ギョッとしてしまいました。アルベルゲでは30歳位の女の人が働いていましたので、彼女が小さい頃に遊んだ物の様です。
私達が泊まっているアルベルゲ(オスタル?)のバルには誰もお客さんが居なく、暗くて寂しいので、道の反対側に渡り、夕飯の為の偵察がてら、ビールを飲みに行きました。ボカディーリョは一人前3ユーロのようです。
私達が泊まっているアルベルゲに戻り、ボカディーリョの価格を聞いた所、一人前4ユーロと言うので、反対側より高いし、余り良さそうな物は出そうも無いと思いましたので、道の反対側のアルベルゲで食べることにしました。
反対側のアルベルゲは、お客さんが一杯いて、なんかスパゲティを大量に作って食べています。ワイワイガヤガヤ楽しそうです。私達は、そこでボカディーリョを注文し食べました。大きいのが2つでしたので、息子は全部食べきれませんでした。残りはアルミホイルに包んで持ち帰りました。
アルベルゲの大部屋に泊まった訳ですが、結局私達以外に宿泊客は来ず、8人部屋を二人で使うことが出来ました。アルベルゲに泊まって良かった事って、まぁそれくらいです。
しかし、私達にアルベルゲを紹介してくれたカタルーニャ人、本当にそこが良かったと思ったのでしょうか?今でも疑問に思います。今から考えると、サンティアゴ・デ・コンポステラに向かっているのに、コースの先にあるアルベルゲの事に妙に詳しかったりと、怪しい所も感じます。
家に帰った後、泊まったアルベルゲを検索した所、評価は悪いようでした。
旅の目的が巡礼ですので、余りブーブー言うのもなんですが、今回の巡礼で一番酷かった宿でした。